とりとめもなく。

※肝心の本に対する感想を入れ忘れてたwので途中追加あり。

 

せっかく旦那に子供を任せて一人きりだと言うのに頭痛が酷くて作業は進まないわ、ダイニングテーブルに傷はつけるわ、で、今ひとつな3連休最終日……(==;

 

そんな頭痛の中のとりとめも無い日記でございます。

 

今はオタクから足を洗ったつもりでいたいBBAでございますが、大昔は演劇少女()でした。
中学生の頃は「演劇ぶっく」を愛読し、本屋で戯曲集を買っては読み、市民劇場や地元の小劇団の観劇をし、演劇部に所属し、とそれは立派な演劇少女。

演劇ぶっくであってたっけかなー?……とぐぐってみたら、あーた。
バックナンバーの表紙と目次が見れるじゃないですかああ!!!!

http://www.enbu.co.jp/kick/library.html

88年台の表紙とかめっさ覚えてるわw……てか懐かしいーwww

 

そこのカラーページの舞台紹介で心奪われて、たまたま教育テレビで「劇場への招待」(番組名合ってるかしら?まぁこれ系ね)で実際の舞台を見て記憶に残ってるのがある。
その後戯曲集も買ったのだが、度重なる引越しと演劇から興味が離れるに従って手放してしまったらしい。
(演劇ぶっくのバックナンバーの目次を確認したけど該当の舞台名が見つからなかったので記憶違いなのかもしれない…雑誌でも見たと思うんだけどなぁ……むぅ)

 

先日、その中の一節をふと思い出しました。
ああ、あれは名文だったなー……もう一度あの戯曲読んでみたいな……ってAmazon検索したら出てきたのよ、奥様。べっくり。


『夜の子供 生田萬の戯曲集』(而立書房)1,680円也。
これこれ。私が買ったのがAmazonの新品在庫最後でございましたw(購入時ね)
届いたのは1986年12月発売の第1刷でして……戯曲集っつーのは買う人が基本的にいないのよ。
古典(シェイクスピアとかは演劇関係なく教養で読む人いるじゃろ?)とか学校演劇台本など一定の割合で需要あるけどさ、基本興味ある人以外全く手に取らないしさ…。

だから新品(ISBN番号ついてないから古本とも言うらしい。届いた本は帯・売上カード・必備カード有りなので新品と称す)買えたのがある意味奇跡すぎて私大喜びw

 

前置きが長くなりますた。
思い出した一節がこちらになります。

 

ヤスベー:《中略》過去はいつも新しく、未来は不思議に懐かしい。(「夜の子供」P.47より)

 

だいたい記憶あってたw(記憶では「嗚呼、」から始まっているだけ)

購入して全部読み直したけど、流石にギャグのネタが昭和だったわ……(==;
いやぁでも、私にとってはこれで覚えたギャグもあるのでええんですがねw

 

これは極端にまとめると前に進めない女性の話でして。
ある地点からやり直せれば……と何度も人生をマンガ上で(描きながら)繰り返してみても、そもそも男として生まれていればっつー本人の努力ではどうにもならない地点をリピートしてるのね。
そもそもが違っているのでやがて描いてるうちに矛盾が誤摩化せなくなり……以下繰返し。

これでイケると新しく考えだす「過去」だから「新しく」、未来は「矛盾が誤摩化せなくなる」と言う点で「懐かしい」。

 

と言い出すと小難しくなりますが、子供が生まれて育児をするとそこに自分の幼き姿を見る事ができ己の過去なのに「新しく」発見することがあり、その子供の姿は未来なのに自分が見えて「懐かしい」と感じる事が私自身よくあります。

そんな意味で名文であるなぁとしみじみ思い出した次第。

 

で読んでておや?と思ったのが。

ヤスベー:マラカブーラ、メチカブーラ、ビビディバビディ高木ブー!…《後略》(「夜の子供」P.125より)

時間を戻す呪文として出てきていて、アラフォー以降なら納得すると思われるありふれた言葉遊びなのですがw

高木ブー言われると筋肉少女帯の「高木ブー伝説」が思い出されるわけです。個人的にw
そういや、この世界観と筋少の初期って似てなくもないなぁ……と思ってググってみる。
高木ブー伝説は87年8月にEP盤のシングルレコードが出てるらしい。(ウィキペディア曰く)
この「夜の子供」は86年に上演された舞台。

 

なんか似た様な時期っすなぁ……(==;

 

ドリフの8時だよ全員集合が終わったのが85年(ウィキry)らしいので、当時青年〜成人だった人にはなんか感じる所があったんすかね?
ひょうきん族に流れた小学生だったので衝撃の程がよく分かりませんが……。

演劇少女()は高校になって戯曲がいわゆる左っぽいのでイヤvsオリジナル台本じゃなきゃイヤで疲れてDQ同人誌に流れてゆきました……嗚呼ちゃかぽこちゃかぽこ。

 

 

みてないけどよんだ。

発熱で倒れてた週末、起きてる間は動けないけどすっげぇ暇なので青空文庫読んでました。

堀 辰雄の『風立ちぬ』と『菜穂子』他短編2冊ぐらい読了。
(ちなみに上映中のアニメ映画は見に行く予定はまだ立っておりません。予備知識もございません。関連書籍に上げられてたので事前勉強と思って読んでみた、程度w)

 

……ちょっ、零戦全然出ないじゃないですか(==;

いつになったら出てくるのかとワクワクしながら読んでたのにぃー (つд⊂)

 

どういう事!?と思いググレカスしたら『小説からの着想を盛り込まれ』なのね。
着想…だ……と……(==;
登場人物の誰かがアレとか職業がせめて関係あったとかスピンオフなのかと思ったら全く関係ないのですか……そうですか……。

 

この『風立ちぬ』と『菜穂子』は時系列が一部ダブっておりまして、『風立ちぬ』→『菜穂子』と読むと楽しさ(虚無感かも)2倍のお得感たっぷり。

 

登場人物がやたら結核にかかってまして、病弱療養美少女萌えが流行だったのだと言われたらそうなのですが、にしても多い。

だいたい同時代を生き、堀辰雄の結婚の媒酌人でもある室生犀星(“文豪の”と書こうと思ったが、もしかして文豪だと評価するのは石川ローカルなのでは…と迷ってみる)の『性に目覚める頃』(1919年 | 大正8年)の主人公友人の表とお玉さんも結核で亡くなる場面がある。

 

この頃の結核は「国民病」とか「亡国病」と言われており、人工動態調査を調べてみると明治〜昭和初めの死因第1〜5位に常にいる。書き出してみると、

1899年(明治32年) ……3位(最古の統計)
1900,1905,1910年 …………2位
1915,1920,1925,1930,年 …3位
1935,1940,1947,1948,1949,1950年 …1位(1945年は戦中。為念)
1951,1952年 …2位
1953年 …………5位
1954年 …………4位
1955,1956年 …5位

(参考資料:政府統計の総合窓口e-stat 2011年確定数 年次別にみた死亡順位)

余談だが1920年の死因第4位にインフルエンザがここだけ入ってて興味深い。スペイン風邪ェ……。

 1951年(昭和26年)に結核予防法が制定され抗生物質を用いた化学療法の普及などによって激減をみた。(− wikiより)

 

この結核予防法が制定されてから死亡順位が下がり平成23年の死亡順位は第25位、死亡率は1.7になりました。(昭和25年の死亡率は146.4)
(死亡率は下がったが罹患率は再上昇しており日本は結核中進国と位置づけられている)

 

『風立ちぬ』の元となった婚約者との死別は1934年。
結核の治療薬「ストレプトマイシン」の開発は1944年。当時、空気の綺麗なサナトリウムで静養するのが精一杯なのも仕方ないっつーか、むしろ長期療養が前提なだけにある程度の資産がある層のような気がする不思議(==;
(前述の『性に目覚める頃』では自室で臥せってるだけなのよ……)

 

『風立ちぬ』では主人公は療養する節子の側にいようとしてサナトリウムに一緒に滞在する。
父の見舞いに高揚した節子は激しい発作を起こし絶対安静の日が続く。

 

「私のことならどうでもお好きなようにお書きなさいな」と私を軽く遇うように言い足した。
私はしかし、その言葉を率直に受取った。
「ああ、それはおれの好きなように書くともさ。……が、今度の奴はお前にもたんと助力して貰わなければならないのだよ」
「私にも出来ることなの?」
「ああ、お前にはね、おれの仕事の間、頭から足のさきまで幸福になっていて貰いたいんだ。そうでないと……」

 

「男は自分達の愛を一層純粋なものにしようと試みて、病身の娘を誘うようにして山のサナトリウムにはいって行くが、死が彼等を脅かすようになると、男はこうして彼等が得ようとしている幸福は、果してそれが完全に得られたにしても彼等自身を満足させ得るものかどうかを、次第に疑うようになる。――が、娘はその死苦のうちに最後まで自分を誠実に介抱して呉れたことを男に感謝しながら、さも満足そうに死んで行く。そして男はそういう気高い死者に助けられながら、やっと自分達のささやかな幸福を信ずることが出来るようになる……」

 

綺麗な話には綺麗になりたる為の理由がある……。
ささやかな幸福を信ずることが出来るようになるには「おれの仕事の間、頭から足のさきまで幸福になっていて貰いたい」のだ。創作者のエゴイズムここに極まれり。
だが主人公のそのエゴイズムに感情移入できるのは何故だろうか……。
桜は散るからこそ美しい。散らずに枯れる花に誰が感情移入できようか。

 

………。

 

レビューサイトはたまに読んだりしてるのですがw
映画観に行きたいような、何やら怖い様な…… (´Д`)